「聴覚ニューロパチー(ANSD)」という言葉を聞いたことはありますか?
新生児聴覚スクリーニングで「要再検査(refer)」と言われたり、「OAEは正常なのにABRが異常」と説明されたりして初めて知ったという方も多いかもしれません。
聴覚ニューロパチーは、音は耳に届いているものの、その情報が脳へうまく伝わらない難聴のひとつです。そのため、「音は聞こえているのに言葉が聞き取りにくい」「騒がしい場所だと極端に聞こえづらい」といった特徴があります。
また、OTOF遺伝子との関係や人工内耳の有効性、将来の遺伝子治療なども注目されています。
この記事では、聴覚ニューロパチーの特徴や原因、検査方法、治療法、OTOF遺伝子との関係について、できるだけわかりやすく解説します。
聴覚ニューロパチーとは?
あまり聞き馴染みがないと思いますが聴覚ニューロパチーを知っていますか?
私もしっかりと難聴について調べるまで知らなかった症状です。
聴覚ニューロパチーは、内耳から聴神経、脳へ音を伝える仕組みに異常が生じる難聴で、「Auditory Neuropathy Spectrum Disorder(ANSD)」とも呼ばれます。
一般的な難聴では音自体がちゃんと聞き取れなかったりするのに対して、聴覚ニューロパチーは脳がに伝えるための電気信号自体が脳にまでいかないという違いがあります。
そのため音は耳に届いているのに、言葉として聞き取りにくいのが特徴となります。
聴覚ニューロパチーの特徴
聴覚ニューロパチーには、「言葉が聞き取りにくい」「OAEは正常でABRが異常」「補聴器が効きにくいことがある」などの特徴があります。
音は聞こえるが言葉が聞き取りにくい
聴覚ニューロパチーでは音自体は耳に届いているものの、その音を脳まで届けることができません。
よく健康診断なんかでやる聴力検査は”ピー”という音を聞いて、聞こえたらボタンを押すという純音検査という検査をします。聴覚ニューロパチーはこの純音検査は比較的聞こえます。
ただ、言葉としてうまく認識することが難しいので言葉の聞き取りがうまくできないという特徴があります。
また静かな場所に比べて、周りが騒がしいと極端に聞こえが悪くなります。
検査結果に特徴がある
耳に届いた音は、内耳の中にある有毛細胞という毛の細胞が揺れることで、電気信号に変換されて脳に届けられます。
新生児聴覚スクリーニングで音が聞こえているかを検査するときにOAEとABRという2つの手法で検査されます。
OAEは音を聞かせたときに有毛細胞が正常に機能していたら音が反射してくるので、その跳ね返りを検知して聞こえているかを判断します。
ABRは音を聞かせたときに、脳が反応するかをチェックして、音が聞こえているかを判断します。
聴覚ニューロパチーの場合、外有毛細胞には問題がないため、OAEはパスすることが多いです。
ただ、脳に正しく信号が伝わらないので、ABRで反応がないという特徴があります。
重症度の幅が大きい
難聴には聞こえにくさに応じて、軽度、中度、高度、重度と重症度が変わってきます。
聴覚ニューロパチーは軽度から重度までと重症度の幅が広いという特徴があります。
補聴器が効きにくいことがある
補聴器は使う人の聞き取りづらい高さの音をより強調して、自然に聞き取りやすくなるように調整、増幅してくれます。
ただ、聴覚ニューロパチーは音自体を感じる部分は問題なく、その先の脳に届ける部分で問題があるため、補聴器ではなかなか聞こえが改善しないことがあります。
聴覚ニューロパチーの原因

聴覚ニューロパチーの原因には、OTOF遺伝子変異、未熟児・低出生体重児、黄疸(高ビリルビン血症)などが知られています。
OTOF遺伝子
聴覚ニューロパチーの原因で代表的なのはOTOF遺伝子の変異です。
OTOF遺伝子とはオトフェルリンという聴神経へ音が聞こえたときに起こる電気信号を運ぶのを手伝ってくれるタンパク質を作る設計図です。
このOTOF遺伝子に変異があると、聴神経に電気信号がうまく伝わらずに音は届いているのに脳で認識できないということが起こります。
詳しくはOTOF遺伝子について解説した記事をご覧ください。
未熟児・低出生体重児
未熟児や低出生体重児も聴覚ニューロパチーの原因のひとつです。
低体重や早産は聴覚神経やシナプスがダメージを受けやすく、音は届いていても脳がうまく電気信号を受け取れない可能性があります。
ただ、未熟児や低出生体重児がみんな難聴になるというとこではなく、多くの新生児は正常な聴力で成長します。
黄疸(高ビリルビン血症)
新生児黄疸ではビリルビンが増加してしまいます。
このビリルビンは脳幹や聴神経に対して毒性を持っています。
そのため、重症例では永続的な聴覚障害につながるケースがあります。
聴覚ニューロパチーはどのように診断される?

新生児聴覚スクリーニングやABR、OAE、遺伝子検査を組み合わせることで、聴覚ニューロパチーかどうかを診断します。
新生児聴覚スクリーニング
聴覚ニューロパチーかどうかの判断として、まずは新生児聴覚スクリーニングがあります。
これは赤ちゃんが産まれて数日で行う検査で、後ほど出てきますがOAEとABRという2つの検査から音が聞こえていそうかを確認する検査です。
正常であればpass(パス)、再検査であればrefer(リファー)となります。
ABR(聴性脳幹反応)
ABRは聴性脳幹反応といい、音が聞こえたときに脳が反応しているかをみるテストです。
聴覚ニューロパチーでは、音が耳に届いていても脳へ伝わる信号が乱れたり同期しなかったりするため、ABRで異常がみられることがあります。
OAE(耳音響放射)
OAEは耳音響放射といい、音を検知する外有毛細胞という細胞が正常に機能しているかをみる検査です。
聴覚ニューロパチーの場合、音は正常に届いているので、OAEでは正常になることがあります。
遺伝子検査
聴覚ニューロパチーの原因のひとつとして、OTOF遺伝子変異が知られています。
そのためそもそものOTOF遺伝子を検査してしまおうというのが遺伝子検査です。
聴覚に影響する遺伝子は100個ほどあると言われており、耳鼻科でそれらの遺伝子を検査することができます。
聴覚ニューロパチーの治療法

補聴器だけでは十分な効果が得られないこともあり、人工内耳や言語訓練が重要になる場合があります。
補聴器
みなさんが難聴と聞いてイメージするのは補聴器じゃないかなと思います。
聴覚ニューロパチーも聴覚障害の1つですが、聴覚ニューロパチーについてはあまり補聴器では効果が見られないことがあります。
これは補聴器は耳に届ける音を聞き取りやすい音に増幅、加工するのに対して、聴覚ニューロパチーは音を耳が認識したあとに問題があるためです。
いくら入ってくる音を聞き取りやすくしても、それを届けるための機能が停止していると、音は脳に届けられません。
人工内耳
聴覚ニューロパチーに対しては人工内耳が補聴器に比べると有効な場合があります。
人工内耳は電気信号を直接聴神経に伝達してくれるので、OTOF遺伝子の変異で失ったオトフェルリンの役目をスキップしてくれます。
そのため、聴覚ニューロパチーに対しては人工内耳は有効な解決策のひとつと考えられます。
聴覚ニューロパチーと療育・言語訓練
聴覚ニューロパチーに限らず、他の聴覚障害でもそうなのですが、言葉の訓練はとても重要です。
直接的な解決策ではありませんが、聞こえの支援と言葉の発達支援を合わせて行うことで言語獲得ができるように支援し、コミュニケーションが取れるようになります。
聴覚ニューロパチーとOTOF遺伝子の関係
すでに簡単に紹介していますが、聴覚ニューロパチーの原因としてOTOF遺伝子があります。
このOTOF遺伝子はオトフェルリンというタンパク質の設計図です。
オトフェルリンは有毛細胞で音によって生じた電気信号を聴神経に渡すのを手伝う役割をしています。
OTOF遺伝子に変異があるとこのつなぎ役であるオトフェルリンが生成できずに脳へ電気信号がうまく送れません。
最近ではこのオトフェルリンをつくるOTOF遺伝子を内耳へ投与し、オトフェルリンを生成できるようにして聴覚ニューロパチーを治す遺伝子治療が実験されています。
実際に聴力が回復している例もあり、実用化の期待がかなり高まっています。
聴覚ニューロパチーは遺伝する?
聴覚ニューロパチーの原因の1つであるOTOF遺伝子は常染色体劣性遺伝です。
これは両親から受け継いだ2つの染色体両方に変異が見られた場合に発現します。
そのため、片方の親がOTOF遺伝子起因で聴覚ニューロパチーである場合でももう片方の親の染色体2本ともに変異がない場合は遺伝しません。
でも両親2人とも変異を持ってる場合は、親が聴覚ニューロパチーでなくても25%の確率で聴覚ニューロパチーとなります。
よくある質問(FAQ)
Q. 聴覚ニューロパチーは治りますか?
現在は治す方法はありませんが、将来的に遺伝子治療などにより改善が期待できます。
Q. 補聴器は効果がありますか?
聴覚ニューロパチーに関しては補聴器はあまり効果がない可能性があります。
Q. 人工内耳は必要ですか?
OTOF遺伝子が原因の聴覚ニューロパチーでは、人工内耳が有効とされるケースが多く報告されています。一方で、聴神経そのものに異常がある場合は、効果に個人差があります。
ただ、難聴の重症度に幅があるので、軽度の難聴のひとには必ずしも必要なわけではありません。
Q. 大人になってから発症することはありますか?
先天性の話を中心にしていますが、聴覚ニューロパチーは大人になってから発症することもあります。
Q. 聴覚ニューロパチーと先天性難聴の違いはなんですか?
聴覚ニューロパチーは先天性難聴の1種です。
先天性難聴は産まれた時から聞こえにくい状態の総称を指します。
聴覚ニューロパチーは「音を感じても伝わりにくい」難聴。
まとめ
- OTOF遺伝子との関係が深い
- 新生児スクリーニングで見つかることがある
- 人工内耳が有効な場合もある
- 遺伝子治療の研究も進んでいる
聴覚ニューロパチーは、見た目では分かりにくく、「音は聞こえるのに言葉が聞き取りにくい」という特徴を持つ難聴です。原因や重症度によって必要な支援は異なりますが、早期発見と適切な支援によって、言葉の発達やコミュニケーションを大きく伸ばせる可能性があります。新生児聴覚スクリーニングで指摘された場合は、一人で悩まず、耳鼻科や言語聴覚士に相談してみてください。


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